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台湾の工業とその歴史を知ろう!

第2次大戦前ごろから台湾の工業化が進んできました。1953年以降になりますます工業化が進んできたわけですが、これの背景にはアメリカからの経済援助が大きな要因となっています。1949年からは農地改革も行われ農業の近代化も進んできたのです。 台湾はアジアの中でもシンガポールや香港、韓国と同じようにアジアNIESと呼ばれた国々の中でも四小龍の名でアジアの経済を牽引、輸出貿易によって急成長をしてきた国なのです。

近年の台湾は電子・電気機器の輸出品が多くの製品に見られるようになりました。それは1950年代からの工業の発展が影響しています。1965年当時は繊維、プラスチックなどの軽工業製品の輸出国となり、1980年代になると製造業から電子・電気・情報の分野への産業の発展が進みます。PC、精密機器、半導体、航空機器などの工業製品を提供する大国となってきたのです。

台湾には工業園区と呼ばれるエリアがあります。工業園区は3つに分けられており、一般工業区、輸出加工区、科学工業園区があります。電子関連製品などハイテク産業を支えているのが1980年に設立された、新竹市、台中市、台南市に設けられた科学工業園区(サイエンスパーク)です。ここには大学などの研究機関やハイテク企業が集まり、ハイテク産業の推進に従事しています。

それから輸出加工区は1966年に高雄に設立されたエリアで元々は名前のとおり輸出加工の促進のためのものでした。海外に出荷する貨物を集積するための港も作られていました。が現在はハイテク企業や、日系企業も多数進出しており科学工業園区への設備の提供を行ったりもしている様子です。

最近日系企業の傾向としては台湾に開発設計拠点を置き、それをコストの低い中国工場側で生産する体制を作っていたりする様子です。製品は日本本社や地の利を活かして他のアジア諸国に供給するハブ機能としての体制も作っており、日本企業の台湾に対する存在感は大きなものとなっています。

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